親子2代、りんごに捧げる想い

親子2代、りんごに捧げる想い

両親の想いを引き継ぎ、ただいま2代目として奮闘中!
親子2代、りんごに捧げる想い 生産者:今 道代さん (若葉ファミリー・ファーム)
場所:青森県西津軽郡鯵ヶ沢町
←40代の道代さんはまさに働き盛り。
「りんごは本当に手間がかかるけど、こっちの気持ちに応えてくれる。愛おしいですよ。」

日本一のりんごの産地、青森県は津軽地方でりんご栽培をしている今道代さん。環境と調和した循環型農業を目指して日々奮闘しています。そのモットーは「自然に逆らわない、ありのままのりんごを作ること。」
以前は教壇にも立っていた今さんですが、その仕事も辞め、今年からりんご作り一本に打ち込んでいる。

両親の姿を見て、迷うことなくこの道に

いきいきとした表情で、りんごについて熱心に語る今さんは、まさに竹を割ったような性格のエネルギーあふれる若き生産者。3人の子育てをしながら、ご両親と夫の明彦さんの4人、それから数人の手伝いの方と一緒にりんご栽培を行っている。

親子2代、りんごに捧げる想い

↑ご両親の高齢化もあり、一時は荒れた果樹たちも、道代さんが本格的に引き継いでから息を吹き返した

後継者不足に悩む農家が多い中、道代さんは両親の後を継ぐことに迷いはなかったという。大学卒業後、教員免許を持っていたこともあり何年か地元で教壇に立つものの、あくまで自分の仕事は農業だという気持ちにぶれはなかった。
「両親がやっているのを見て、当然のようにそう思ってたんですよね。直接お客さんと触れ合って、喜ばれる姿をよく見ていたので。自分で作ったものをお金を出して買っていただいて、しかも感謝までされる。なんていい仕事なんだろう、と。で、実際やってみたら、こんなに大変な仕事だったのかと(笑)。」
道代さんのご両親は、農産物を作る側、食べる側をお互いが支えあう「提携」を根本精神としたグループを作り、そのメンバー向けに有機農産物の販売を行っていた。
「作る人は食べる人の健康と幸せを考えて、食べる人は作る人の生活を支える。両親はよくそのすばらしさを口にしていました。わたしたちが一生懸命作ったものを、おいしいね、ありがたいね、と本当に感謝して食べてくれる人がたくさんいる。こんな消費者はどこにもいない、この人たちのためにはどんなことでもがんばれるんだって。その影にはすさまじい苦労があった訳ですけど、そんなことは口に出さない両親でした。昔の百姓は多くを語らなかったんですね。」

第一世代として  〜ご両親の話〜

親子2代、りんごに捧げる想い

↑中心のお二人が道代さんのご両親。「大変な時は何度もりんごの木と抱きあって泣いたよ。お父さんには抱きついたことないけどさ(笑)」とお母さん

「道代にはあんまり辛いとこ、見せなかったからね。」とお母さんも笑う。「若い頃のことを思い出すと、よくやってたなと思いますよ。当時は青森で収穫したりんごを、お父さんがトラックで東京まで運んでたんです。一軒一軒メンバーのお客さんの玄関先までね。慣れない道に迷い、夜の12時近くに到着することもありました。わたしら津軽弁しかしゃべれないから、言葉もなかなか通じなくてねえ。怒られることもあったけど、寝巻きのまま出てきて、『遅くまでご苦労さま』といってお茶を出してくれる人もいてね。本当にありがたかった。(化学合成)農薬を使わないりんごだからこそ、お客さんとそんな関係が築けたんだと思います。求める人がいたから、それに応えたいとがんばれた。買ってくれた人の顔は何十年前でも思い出せるよね。名前は忘れても顔が思い浮かんでくる。だから辛くてもやれたんですねえ。」

親子2代、りんごに捧げる想い

↑道代さんが祖父の代から受け継いだ樹齢80年のりんごの木。虫がつかないように、皮をむいてやる。

30年以上も前、道代さんのご両親の時代には今よりも尚、有機農法に対する世間の認知度は低かった。しかも今さんたちが目指したのは、今でいう有機JAS法の基準よりはるかに厳しい、全くの無化学合成農薬・無化成肥料のレベル。病害虫に負け、葉が落ち、裸同然になった木の下で何度泣いたかしれない。当時国道沿いにあった今さんの畑は周囲の好奇の目にさらされ、親戚からも恥ずかしいからやめてくれと言われた。簡単に見栄えの良いりんごが作れるのに、どうしてわざわざそんな苦労をするのかと。でも今さんの中で、畑に大量に投入される化学合成農薬や化成肥料に対する違和感は消えることはなかった。「リアカーでね、何キロもある袋を積んで運ぶんですよ。あの重さがね・・・。昔はそんなもの無しでやっていたのに、こんなに入れていいのかと。それに安全なものを求めるお客さんたちの顔が浮かぶんです。どんなに大変でも、それを喜んでくれる人はいるからがんばろうとね、自分を奮い立たせてやっていました。」

言葉では言い表せないような数々の苦労を乗り越え、続けてきたご両親の姿。どんなに大変でも、不自然なことを慎み、有機栽培にかけるというふたりの姿勢は、そのまま娘の道代さんにも引き継がれていった。

両親がやっていた農法のレベルまで戻したい

親子2代、りんごに捧げる想い

↑完全に葉っぱを取らないため、所々ムラになった今さんのりんご。「見栄えは抵抗あるかもしれないけど、いい実です。」

高齢化した両親の後を継ぎ、10年前より本格的にりんご栽培の担い手となった道代さん。生来の勉強好きも手伝い、常により良いものを求めて日々作業をしている。しかし近年の異常気象も手伝って病害虫の被害が進み、3年前に初めて防除薬剤を使用したという。一度被害にあってしまった木は復活するのに数年かかる。手遅れで完全にだめになってしまうこともある。木を守るための苦渋の決断だった。それを道代さんは今でも十字架として心に刻んでいる。
「回りの人にはもっとかけろと言われたけれど、私にはたった3回の(農薬)散布でも本当に辛かった。両親がずっと無農薬でやってきたこの土地ですから。」
今さんの名誉のために補足すると、現在、青森県の慣行栽培の基準とされる農薬散布回数は年間10回、1回の散布に何種類か薬剤を混合するため、成分としては36成分になる。それを半分の18成分以下の使用まで減らせれば「特別栽培」と呼ばれる。今さんのりんごも「特別栽培」の部類に属すが、使用したのは3成分と非常に少なく、限りなく有機に近い栽培方法と言える。どうせ使用するなら18成分でも同等の扱いなのに、リスクを承知で3成分に留めたところに道代さんのプライドがある。

親子2代、りんごに捧げる想い

「今年は3回から2回に減らせました。完全に脱するのにあと3年はかかると思うけれど、あくまで両親がやっていた完全な有機栽培のレベルまで戻すことが目標です。」きっぱりと、道代さんはそう口にした。
今年は成功しても、来年もまた成功するとは限らないのが有機農業の難しさ。ましてや近年の異常気象で、そのリスクは年々高まっていると言える。道代さんは今その難しさを肌で感じているところだ。
「でもね、悲観はしていないんです。想いをかければりんごはちゃんと応えてくれるから。今年もみんなこんなにいい実をつけてくれて。わかってくれてるんですね。」

毎日、日が落ちて手元が見えなくなるまでりんご畑にいるという今さん一家。
数々の困難を、これからもきっと克服していくのだろう。
おいしさの理由が、ここにはたくさんある。

親子2代、りんごに捧げる想い

↑自家製堆肥を中心に、肥料はすべて有機肥料を使用。りんごに光を反射させるために木の下に敷く銀シートも一般的だが、道代さんはやらない。「見た目をよくするだけにやるなら意味がない。この赤さが自然なら、それでいいと思うから。」

親子2代、りんごに捧げる想い

↑有機栽培りんごのパイオニア、三上豊勝さん(写真右)からもアドバイスをもらっている。
「無理をせず、こつこつとやっていけばいいんですよ。そしたらいつか辿り着けるから。」
共にナチュラルハウスの大切な協働生産者。

親子2代、りんごに捧げる想い

↑夫の明彦さんは米作りにも力を入れている。こちらもナチュラルハウスでおなじみの山形の佐藤秀雄さんの農法を手本に。鳥海山から採取した微生物の培養土を分けてもらい、田んぼに入れているという。化学合成農薬は全く使用していない。

親子2代、りんごに捧げる想い 今さんが愛情たっぷりで育てた特別栽培りんごは、10月よりナチュラルハウス各店で発売中です。冬季だけの旬の味。ぜひ店頭で手にとってそのおいしさを確かめてみてください。
→ ナチュラルハウスの店舗所在地はこちら
取材:2007年9月14日
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